『メイドさんと最低の野郎ども』
バックストーリー

<< 無名の軍師 >>


円卓に書を広げて煙草を吹かす男。椅子にぐたりと背を掛けて時折舌打ちを鳴らし、めんどくさそうにページをめくる仕草は教養のある者の外見ではない。
だが、そこにある書は一端の学者や魔術師でも解読の難しい、古代の軍記であった。
「こいつもカスだな、俺なら三日で落とせるクソの山城だ」
手のひらで煽る様に大雑把に書を閉じ、床に煙草を落として踵で踏みにじる。
「死んだ奴も生き残った奴も、くだらんクソ野郎ばかりだな」
男は気だるそうに部屋のベッドの方へと目線を向ける。
そこには目鼻立ちの整った半裸の男が大の字で寝ていた。ズボンのみで上は何も着ていない。へへんと品のない笑みを浮かべると、しなやかな動作で起き上がる。
「多く考えた奴が勝つとは限らねえさ」
「ああ、クソ野郎が小1時間悩んだところで、クソの量が上乗せされるだけだ」
「んでロジンよ、上手い言い訳はあるかい?」
「ふん、言葉できれいさっぱり洗い流せるクソばかりなら、軍隊も俺達もとっくに失業だ」
「世知辛いねぇ、抱いてくれって言うから抱いただけなのによ」
「女ってのは口で抱くもんじゃねえ、金払って抱くんだ。学校で習わなかったか」
騎士崩れの男デハルトは夜遅く、ロジンの部屋に駆け込んできた。上半身裸で履物の紐も結ばれてないその状態に、ロジンは「またかクソ野郎が」と罵りそれ以上は聞かなかった。貴族の令嬢などに手を出すのは日常茶飯事、一国の王妃まで平気で口説く男である。聞いたところでどうせロクな話は出てこない。
「金は後払いってわけにゃいかねえか」
「物には順番ってものがある。脱いでから出すクソを、出してから脱いでも遅いぞ、クソが」
「クソまみれだな」
「わかったら俺のベッドから降りろ。クソの染み付いた身体でいつまでも寝てんじゃねえ」
デハルトはゆっくりと床に足を付けると大あくびをした。裸足のまま円卓に近付き、椅子に腰を落とすと、ぐるりと部屋を見回す。
「前より本の量が増えてるな。酒のひとつぐらい置いてねえのか」
ロジンは近くの戸棚を開けると、小さな壷のような容器を取り出した。
「そんだけか?」
「安酒は飲まん主義だ。酒は舌で味わう宝石ってな」
「ああ、女も舌で味わうと何か見えるぜ」
「一杯だけだぞ。全身の血が沸騰する」
「どこの酒だ?」
「銘柄などいい。飲んで感じろ」
「毒は入ってねえだろうな……」
「安心しろ、解毒剤は揃えてある」
小さなグラスにほんの数滴、透明の液体が注がれる。デハルトは不満そうな顔でグラスを口に運んだが、直後にウッと呻いて胸に手をあてた。
「どうだ、きついだろう。女のシモの比ではあるまい」
「殺す気か」
「俺は景気付けによく飲む」
「やっぱ安酒を浴びるように飲む方がいいな」
デハルトは座ってぼうっとしながら時折思い出したように指先でヒゲをかく。ロジンは相変わらず気だるそうに書をめくっては、舌打ちして閉じる行為を繰り返していた。静寂と乾いた物音のみが男達を包んでいる。
「何を調べてるんだ?」
ぼんやりと視線を天井に向けながらデハルトが呟いた。
「ロムランドの記録だ。歴史だけは長い、膨大なクソの塊みてえな国だな」
「まあ……否定はできねえな。下調べってわけか」
「青い光に侵された人間は魔物に変化する。だが元の性質が完全に失われるわけじゃねえ」
「ん?」
「奴らが積み重ねてきた戦術や知恵と、敵対する可能性もあるってな」
「へえ、考えた事もなかったぜ。魔物にも知性があんのか」
「ある奴もいる。貴様より賢い魔物などザラだ」
「そりゃ厄介だな」
「さて……そろそろクソ出しに出掛けるか」
ロジンが窓を見る。日は高く昇り正午近くだった。
「ほんとにビッグと組むのかよ」
デハルトが怪訝な様相で言った。
「腕が立つのは知ってるだろう。身体もお前に劣らず丈夫なクソ野郎だ」
「しかしあいつは意外と慎重派だぜ。ロムランドの作戦に参加するかね」
「奴はツケがたまっている。報酬が良いとなりゃ来るさ」
「あいつの酒癖と女癖は相当だな」
「貴様が言うか。まあ奴に金を使わせたのは俺だがな」
「偽造の通行証をビッグに売ったのはお前か?」
「いや、傭兵団のゲイリーを通した。俺の手は汚さん」
「周到だな。俺の後ろにもどんだけ手を回してんだ」
「振り向かなきゃ後ろは見えん、気にせず女だけ見てろ、クソ野郎どもが」

***

人目を避けるようにデハルトとロジンは裏道から酒場へと向かう。日が昇っているというのに薄暗い、入り組んだ迷路のような道を歩いていく。
「デハルト、来なくていいぞ。追手と遭遇したら俺が面倒だ」
「お前と一緒の方が安全だと思ったんだがな」
「……俺は貴様を庇わんぞ」
ロジンはあちこちで黒い事件に手を染めている。賞金がかけられた事もあり一時期は地下に潜る様にして生きていた。今でも日中表を歩く事はほとんどない。追われていたデハルトが咄嗟にロジンを訪ねたのも、そういった彼の素性を知っていたからだった。身を隠すならロジンの傍にいる方が何かと都合が良い。一方でロジンは前衛としてのデハルトの能力を買っており、無碍にせず恩を売っておこうと考えていた。
ロジンとデハルトが出会ったのは1年ほど前。ある作戦に別のパーティで参加したが乱戦となり、戦場でなし崩し的に組んで以降、互いの能力を信頼していた。しかし冷徹なロジンと奔放なデハルトは、戦場以外ではあまり性格が合わず、必要以上に深くは関わろうとしない、殺伐とした間柄と言えた。
酒場の戸を開くと、昼間だと言うのに男達で賑わっている。作戦前の暇を持て余している傭兵達の溜まり場であった。どこもかしこも下品な笑い声ばかりで騒々しい。
「いねえな」
あてが外れたようで、ロジンは低く舌打ちをする。酒場のどこを見渡してもビッグの姿は無かった。
「また女かね」
「金もねえってのにどうしょうもねえクソ野郎だ」
「愛人でもできたんじゃねえの」
「あのクソ野郎に惚れるようなクソアマがいるとは思えん」
「書置きでもしておくか?」
「マスターに伝言で十分だ。これ以上クソ野郎にクソの時間を割きたくはねえ」
ロジンはカウンターに腰掛けると一杯注文するついでに伝言を依頼した。マスターとロジンは顔見知りで、ふたりは世間話に花を咲かせる。デハルトは静かにお気に入りの安いワインをしばし味わった。
「ん……?」
何時の間に、酒場の入口に凛々しい容姿の女が立っていた。腰には剣を携えている。気配を消しているように、物音ひとつ経てず、女は静かに酒場を見回す。
「おい、ロジン」
「ただものじゃねえな、ま、相手にするな」
「ああ」
「こんなクソの溜まり場にひとりで来る女だ。ろくなクソアマじゃねえ」
「けっこう凛々しくて、いい女だけどな」
「……おやっさん、それでタワーの周辺は壊滅したのか」
ロジンは無視するようにマスターと話を続ける。
入口の近くにいた男が女に気付いておっと声を上げた。そして周囲の男と一緒に椅子から立ち上がり、顔をにやけさせて女へと近付く。
「ん……加勢の必要はねえか」
デハルトはワインを口に含みながら事態を眺めた。女は男を睨み付けると、綺麗な朱の唇を開いて言葉を発する。聞いた男達は憤慨して女を取り囲む。酒場の空気が変わり多くの者達が騒動に気付いた頃、既に場は決着していた。
「一発かよ」
女の華奢な腕が男の手を掴んだと思った刹那、轟音と共に巨体が床に沈み込んだ。実力の違いを見せつけられ周囲の男達はこそこそと逃げ出した。
マスターとの話を一区切りさせたロジンは横目でちらりと女の方を見る。
「…………」
無言でボトルを傾けてグラスに酒を注ぐ。
女はカウンターへ静かに歩を進めると、はっきりとデハルト達の方に向けて言った。
「ロジン殿だな、風貌は変わったが眼は変わらぬ」
「なっ……」
デハルトは驚いてロジンの方を見る。
「おい、知り合いか?」
「知らんな」
「そうだな、私もロジンという男はよく知らぬ」
女はロジンの隣に静かに座ると、言葉を続ける。
「レンドン王朝の軍師ムメイ。鬼面のムメイという呼称の方が知れていたか」
「そいつはもうくたばったクソ野郎だ」
「そうであったな」
「何の用だオサクギ。アルブの将軍がこんなクソの底辺に」
「んげっ、アルブ帝国の将軍だぁ?」
肩についている高価そうな特殊合金のプレートに、帝国の紋様が入っていた。流れるような長い繊細な髪から、微かに香水の匂いがしてデハルトの鼻をくすぐった。
「ロムランドの作戦に参加する者の中に、ムメイに似た男がいると聞いた。一昨日から影と共にここを張っていた。早く会えて幸運」
オサクギと呼ばれた女は、澄んだ瞳でロジンをじっと見詰める。
「死ぬ前に会えれば良いと思った次第」
「不吉な事を言うんじゃねえ」
「死ぬのは私かも知れぬ。アルブも後詰を任せられておる」
「それが不吉ってんだ。アルブがクソの後詰にいるってな、それだけヤバイ作戦って事じゃねえか」
ロジンはオサクギと視線を合わせようとせず、胸元から煙草を取り出す。マスターは黙って灰皿を取り出し、ロジンが口に煙草を運ぶとマッチを擦って火を付けた。
「えっと……オサクギ……将軍は、ロジンとお知り合いで?」
デハルトはおそるおそる口を開く。女と見れば色良く声をかけるデハルトだったが、彼女の特異な雰囲気に気圧されていた。
「私はかつて、憧れていた男がふたりいた。我が父ヨウライと、軍師ムメイ。どちらも今は世におらぬ」
「…………」
彼女の言葉に、デハルトはどう返していいかわからなかった。いろいろと尋ねてみたい気もしたが、真っ直ぐにロジンを見る瞳の奥に強い意志を感じ、あろうことか臆してしまっていた。
(俺が眼だけで押されるってか、しかも女に……)
更に、ロジンを相手に平然と顔色ひとつ変えずに対話できる女など、デハルトは見た事が無かった。オサクギは変わらず、ロジンを見詰めたまま。
「聞いても無駄であろうが、聞く」
「聞くな」
「アルブに来るつもりはないか」
「ねえよ」
「残念だ。だが御主の生きた声が聞けただけで私は満足した」
「勝手に満足してんじゃねえ、クソが」
悪態交じりにそっけない態度のロジンを前に、オサクギは眉ひとつ動かさずクールな面を保っていた。ふたりの落ち着いた様子から、割と良く知っていた仲なのであろうとデハルトは察した。
(恋人同士だった、とかじゃねえよな……)
マスターも交えてオサクギとロジンは話を続ける。デハルトは完全に蚊帳の外であったが、ふたりには関わらない方が良さそうだと思い輪に入る事はしなかった。
「ソリッドシューターはアルブでも使われている、ムメイの評価はアルブでも高い」
「俺が作ったわけじゃねえ」
「ムメイの思想が無ければ生まれなかった武器であろう。近いうちに魔法国家ラガと共同開発した、ハイドラシューターとファイアフライが完成する。御主に渡しても良い、無論、秘密裏に」
「いいのかよ、将軍が」
「私は世間で思われてるほど純粋では無い」
「たいしたクソビッチになったな。昔とは大違いだ」
「御主は変わっておらぬな」
「ふん、アルブとラガが作った武器なんざに頼る気はねえ」
「そう言うと思った」
「なら聞くな」
「御主の返答が聞けて私は満足だ」
「だから勝手に満足してんじゃねえ、クソが」
オサクギは僅かに頬を緩めて微笑んだ。ロジンは目をそらして決まり悪そうに煙草をふかした。
ドカンと豪快な音が響いて酒場の戸が開く。
「あ〜、まいったぜ……誰かおごってくんねえかな」
巨漢の男が冴えない面で肩を揺らしながらカウンターへと近付く。
「おう、ビッグ。行き違いにならなくて良かったぜ」
「んん? デハルトかぁ、久しいな。金かしてくんねえか」
「お前にかして戻ってきた金はねえんだがな」
「ロジンも一緒かぁ、お? そっちの女は……」
ビッグはオサクギに近付くと、下品に笑いながら肩に手をかけた。デハルトが止めようと声を出す前に、オサクギは鋭い目つきで振り向く。
「無礼者」
細い指先がごつい男の手に食らい付いて、ギリッと音を立てる。ビッグは声を上げると、姿勢を崩して背中から倒れていった。

***

少女は初めての戦場に居た。想像以上に過酷で地獄のような光景を目に、しかし一歩も引く事はせずその全てを目に焼き付けていた。少女は少女である前に騎士であろうとした。泣き叫びたい衝動を堪えて懸命に細腕で刀剣を振るう。魔物の数は増えるばかりで、同行していた騎士達は徐々に数を減らしていった。包囲され逃げ場を失った時、少女は死を覚悟する。
森の中からボウガンの矢が放たれ、直後に雷撃が魔物の群れを殲滅した。少女が驚いていると、十名ばかりの兵を連れた、厳格な様相の若い将兵が現われて言った。
「生き残りたければ殿をやれ、クソ野郎どもの尻を拭け、特別扱いはせんぞクソガキ」
オサクギはムメイの部隊の後方につき魔物の追撃を払った。少女ひとりには酷な任であったが、オサクギは文句ひとつ言わず彼に従った。かろうじて戦場を離脱した時、ムメイの連れていた兵は半数に減っていた。
山村へと入ったオサクギは疲労のあまり、木に背をつけて座り込み動けなくなってしまった。ひどい頭痛がして息が苦しい。ムメイは水筒をオサクギの口にあてて声をかける。
「生き残ったな。だが国に帰ってクソを出し切るまでが戦場だ、気を抜くな」
「……御主のおかげで、私は生き延びた」
小さな唇で水を吸い込み、喉を潤すと幾らか気分が楽になった。しかし全身をむしばむ様な痺れはとれず、手足が思うように動かない。
「立てんか」
「心配は無用……私は騎士だ。少し休む」
「強いな。だが人間はクソを出す生き物だ、クソの道具じゃねえ」
ムメイは少女を抱き上げると宿へ向かって歩いた。オサクギは父親以外の男に抱かれた事はなかったので恥ずかしさを隠せなかった。頬を赤らめて少女は若い将兵に言う。
「このような事は恥ずかしい。誰にも言わぬで欲しい」
「マセガキが。男に優しくされるのはいい女の特権だ」
「そうか……勉強になった」
「貴様がいなければ俺達も危なかった。ガキのくせにたいした腕だ」
束の間の休息。ムメイは口の悪い突き放すような言動ばかりが目立つが、実は思慮深く性根の優しい男である事を、オサクギはすぐに理解した。また人と接するのが苦手で、父親以外と滅多に話す事が無いオサクギにとって、ムメイの寡黙でそっけない態度は心地好くもあった。互いに気を遣う必要もなく共に居られる。もしふたりが長く同じ場所にいたなら、恋人同士となれた可能性は高かったであろう。だがふたりは異なる国で生まれ、そして国の為に生きねばならぬ身の上であった。互いを深く意識する前に別れたのはむしろ幸運であったのかもしれない。

***

オサクギが類稀な剣の才能で昇進を続ける最中、レンドン王朝は危機を迎えていた。青い光によって工業都市が壊滅的被害を受け、その軍事力が弱体化したのを機に、ウェルズ連邦が侵略を開始したのである。混乱に紛れて隣国と通じた大臣達によって内乱も引き起こされていった。
ムメイは山岳に潜む敵を撃退すべく部隊を進める。ウェルズ連邦の部隊はマスカレイドコングと呼ばれる山岳戦用に開発したボウガンを用いていた。苦戦を強いられながらもムメイはウェルズの部隊を確実に叩き、渓谷へ追い込むと雷撃で山肌を打ち砕いた。崩壊した岩壁に呑まれてウェルズのボウガン部隊は壊滅。後続の歩兵部隊も崖からの奇襲によりあっけなく掃討された。
しかしウェルズ連邦は隣国と共同戦線を張り、徐々にレンドン王朝を追い詰めていく。更に国境周辺を再び青い光が襲った事で事態はより混迷する。
満身創痍の部隊を連れて、ムメイは山林の砦へと辿り着いた。既に戦況は絶望的だったが、ムメイは王城へ戻る為に策を練る。戻ったところで王朝の滅亡は避けられぬ事を、ムメイは悟った。そんなムメイの元に、思わぬ援軍が到着する。
「あの時のクソガキが何の用だ」
「もう子供ではない。名前で呼んでくれても良かろう」
「ああ、それで目的は何だ、クソガキ」
「軍師ムメイを助けたい」
薄汚れた砦の中で、ふたりは再会した。少女であったオサクギは見目麗しい女性に成長していた。白い甲冑に身を包み、一個師団を率いてムメイの砦へとやってきた。ムメイは以前と変わらずそっけない態度で、オサクギに接する。
「要らん世話だ。貴様の部隊がきたところでクソな戦況は変わらん」
「御主はこのまま王朝と共に滅びるつもりか」
「俺はレンドン王朝の軍人だからな」
「私はあの時、御主のおかげで生き伸びる事ができた。恩を返したい」
「……俺に落ち延びろというのか、クソガキ」
「アルブは歓迎する」
ムメイは崩れた壁の穴から外を眺めると、煙草をふうっと吐いて言った。
「クソは最後まで全部出し切るもんだ、クソが」
オサクギは表情を変えず、ムメイをじっと見詰める。そして目尻だけで微笑むと、一息ついた後に唇を開いた。
「そう言うと思った」
「なら聞くな」
「御主の声がまた聞けて良かった、私は満足だ」
「なに勝手に満足してんだ、クソガキが」
何も変わっていないと、オサクギは安心した。少女があこがれた軍師ムメイは健在であった。喜びを隠せず女騎士の顔はにやけていた。オサクギはムメイが応じぬであろう事はわかっていた。それでも来たのは、単に彼に会いたかったという、個人的な思いのみ。それだけの為に帝国の議会を説得し、一個師団を引き連れて遠方まで来る……我を押し通す精神の強さも彼女の才能であった。
ムメイは何も言わずに煙草をふかし続ける。オサクギはそんなムメイの仕草を懐かしく感じて言った。
「優しくされるのはいい女の特権だと、御主は語った」
「良く覚えてるな、俺は忘れたぞ」
「御主にあこがれて私はここまできた。鬼面のムメイのような、優れた軍人になるのが私の夢」
「小さなクソの夢だ。まだまだガキだな」
「そうか、御主から見ればまだ子供か。いい女にはなれてないのだな」
女騎士は少し寂しそうに笑う。軍師の男は表情を変えず、微かに柔らかな口調で言った。
「帰れ、フユノ・オサクギ。アルブの軍人はアルブの為に死ね」
オサクギは王城を目指すムメイの部隊を援護するとアルブへと戻った。そしてほどなくしてレンドン王朝最後の戦いが始まる……。
軍師ムメイは戦死したと報じられたが、遺体はどこからも発見されなかった。

***

ロムランドの攻略作戦にはアルブやラガ、ウェルズ、シェーダなど多くの国家が参戦した。ロムランドの領土ほぼ全域を覆い尽くした青い光の影響は計り知れない。速やかに魔物を掃討し、ロムランドを完全に壊滅させねばならなかった。
先陣が領土内に侵攻すると、予想を遙かに上回る魔物の戦力が明らかとなる。ロジン達は傭兵部隊と共にロムランドの中枢まで辿り着いたが、雷針の結界で魔物の多数を消滅させても状況はほとんど変わらなかった。
「クソが……多過ぎて流し切れねえってか」
「どうすんだロジン、策はあんのか」
「逃げるが勝ちだな」
「逃げるとこあんのかよ。魔物だらけだぜ」
「デハルト、縮地法って知ってるか」
「ん? いや……」
「地形の高低や性質を知り得ていれば、素早く軍を進められる」
「わかるようなわかんねえような」
「クソは高いところから低いところへと流れるって事だ」
ロジンの部隊は速やかに撤退を開始する。如何なる包囲も追撃も物ともしない神がかり的な進軍速度は、鬼面と呼ばれた軍師の本領であった。
高地を進軍するロジン達は見晴らしのいい崖の上で魔物の配置を確認する。
「おお、ありゃあ騎士団だぜ」
ビッグが魔物に囲まれた部隊を見つけて指差した。
「白い甲冑と白い馬が目立つな。ありゃ襲ってくれって言ってるようなもんだ」
デハルトはヒゲを弄りながらふうと溜め息をついた。ロジンは遠見鏡で部隊の様子を眺める。
「オサクギだな。後詰がこんな内地まできやがって」
「えっ? オサクギ将軍の部隊なのか? やべえんじゃね……」
「要らん心配だ、あの程度でくたばるタマじゃねえ。奴らが目立つ格好をしてるのは、強えからだ。クソを引き付けて他の部隊をクソから守り切るのが、アルブの白騎士のクソ仕事だ」
「へえ……でも完璧に包囲されてるぜ」
「ふん、要らんと思うが一発だけクソを出しておくか」
ボウガンに矢をセットしロジンが構える。矢の先端には青い魔晶石がくっついていた。ロジンがレバーを引くと、バネが軽快に弾けて矢が発射される。風を引き裂き上空へ飛来すると、青白い光を放ちながら滑空していった。
「信号矢か」
「これで十分だろう。あの方角へ走れば逃げ切れる」
「あっちは歩くのも大変な荒地ばかりだぜ」
「アルブの訓練された軍馬なら問題ねえ。俺達も早く逃げるぞ、オサクギが魔物を引き付けているうちにな」
オサクギはロジンの意図を即座に解し、信号矢の方角へと馬を走らせた。
「相変わらず、物分かりのいい女だ」
ロジンは白騎士部隊の動きを満足そうに眺めつつ、傭兵達の先導となって崖を滑るように降りていった。
魔物を斬り払い馬を駆る甲冑の女騎士は、一瞬振り向いて崖の方を見たが、ロジンの姿はもうどこにもなかった。
「また会えるか」
オサクギの呟きは、戦場の喧騒の中でかき消されていった。


※あいてむずかん※

ボウガン
■ソリッドシューター■
かつて最強の軍事力を誇ったレンドン王朝で量産されていたボウガン。
王朝が滅んだ後は各国に亡命した技術者によってコピーされた。
長射程を狙える上に命中精度が高く、熟練者が使えば連続発射も可能。
だがボウガンは通常の弓とは違う為、並の戦士では扱いが難しい。
本編のメンバーでボウガンを装備できるのはロジンのみである。

■グラスホッパー■
レンドン王朝で開発された接近戦用ボウガン。
三本の矢を装填でき連続発射も可能だが有効射程は短い。

■マスカレイドコング■
ウェルズ連邦が開発したボウガンのひとつ。
山岳地での戦闘を想定し近距離での威力を重視した設計。
打撃力が高く、矢は地属性を帯びているが、
命中精度と有効射程距離はソリッドシューターに劣る。

■ハイドラシューター■
ソリッドシューターをベースにアルブ帝国と魔法国家ラガが
技術協力して開発された新型ボウガン。
矢は魔物の弱点に合わせて三種の属性から選択可能。
しかしソリッドシューターよりやや大型で操作も難しく、
コストがかかる事もありさほど多くは生産されなかった。

■ロックガン■
レンドン王朝で開発されていた大型ボウガン『ブロークヘッド』
王朝滅亡後、その設計図は軍事大国シェーダへと渡った。
ロックガンはシェーダの技術力の結集と宣伝されたが、
ブロークヘッドの設計を参考に作られたものという見解も強い。



スピーダッ